室内に蜻蛉が迷い込んできた。
漂うようにゆっくりと飛び、そのまま真っ直ぐ草加へと向かってきた。
人に慣れているのか、蜻蛉は草加の頭上で羽を休めた。
草加はそれに気が付かなかった。
「草加さん。蜻蛉が」
津田は自らの頭を指さして示した。
不思議そうな表情で首を捻ると蜻蛉は素速く羽を広げた。
「蜻蛉か」
そう言った途端に蜻蛉は窓の外へ飛び去り、午後の陽射しの中へと消えていった。
「蜻蛉は本当に目を回すのでしょうか?」
津田は唐突に草加に訊いた。
草加はわからないと答えた。
蜻蛉は6本もの足を持ちながら地を歩く事は決してない。
胴体から生える4枚の羽で移動し、身を隠す事なく空中で生活を営む。
その自由を、力ある物が奪ってしまえば抵抗できず逃れられない。
必死に胴体をくねらせる姿を当然のように捉え、
篭の中へとひと思いに閉じ込める行為に罪悪感は微塵も無い。
無自覚な力は、独占と征服の欲へと繋がる引き金でもあるのだろう。
草加は津田に向けて人差し指を静かに回した。
「目を回した所を捕まえるのだとすれば卑怯にも思えるが、
 ―――弱点につけ込んだ合理的な作戦とも取れる」
津田はくすくすと笑いながら草加の体へと倒れ込むように凭れ掛かった。
「くらくらします」


aoto.
08/10/27