デイタさんからの頂き物♪
なきくれて誰を喪(おく)るや蝉時雨(せみしぐれ)




まだ午前も早い時間だというのに降るように蝉が鳴いていた。騒々しいその声は

音というよりは祈りか呪詛かというほどに打ち寄せ、今日もまたこれから暑くなるのだと告げていた。

軍服ならば仕方がないとはいえ、着込んだ詰め襟がじっとりと汗ばんで重い。ちらと目をやる

すぐ横では草加が汗一つかかず涼しい顔をしている。その上にも蝉が鳴き注いでいた。

この程度の暑さでうんざりしている自分にくらべ、まったく表情を変えない草加に津田が感嘆するのも、

もう何度目だろう。そう思う間に草加がつとこちらを向いて視線を合わせた。





「こう暑くては叶わないな」





口の端に挑発的な笑みさえ浮かべて、帝国軍人とも思えぬ弱音を吐いてみせるその表情は明らかに

津田がどう反応するかみて面白がっているとしか思えない。まさかそうですねと返す訳にもいかず、

しかしみすみす暑くはありませんと強がって、草加を面白がらせるのも癪で、一瞬迷った

揚句口をついて出たのは「蝉が…」という一言だった。





「蝉が…鳴くと暑さが増すのだそうですよ。」





自分で言っておいて何を迷信じみたことをと呆れるが、言った途端に一段と大きく感じられる

蝉の声が覆い被(かぶ)さりどっと暑さが増す。





「蝉か…」





意外にもため息のような声で草加は返す。「あれはなぜ、これほど鳴くのだろうな。何年も土の中で過ごした

揚句に死ぬまでの僅か数日を狂ったように鳴き誇る。泣き女のごとくこれほどにないて

一体誰を喪(おく)るつもりなのか」





そう話している間に、すっ、と影がさして見上げると青空にひとひら浮かんだ雲が涼しい影を送っている。

そうやって雲に気を取られているうちにふと蝉の声が止んでいることに津田は気付いた。

ぽっかり穴があいたような静寂に戸惑って見回す視界の端をざッと黒い影がよぎると、

すぐ横の木から一瞬激しい蝉の声が上がってプツリと途切れる。





「…鴉(からす)か」





驚いたような草加の声に憚る(はばかる)こともなく、舞い降りた大きな鳥は二人の目の前で捕らえた虫を

がつがつと毟る(むしる)と、ついと頭をもたげる。と見る間に羽根を一打ちして、また悠然と飛び去ってしまった。





不意に辺りが明るくなった。いきなり眼前で繰り広げられた生死の光景を呆気にとられて見ていた

二人は、日が射して初めて雲の影から出たことに気が付くと、どちらともなくほっと息をつく。

再び照りつける夏の陽射しに、異界から地上に戻ってきたようなそんな気になる。





のろのろと、さっきまで鴉がいた場所に近付くと草加は地面から薄い羽根を拾い上げた。涼しげに

透き通るそれは黒い翅脈が縁(ふち)取り、あの大音声(おんじょう)から較(くら)べてもあまりに

か細く脆い。目の前で消えた命の名残はただその片翅のみだった。





「墓をこしらえますか?」





津田はごく自然にそう言ったのたが、草加が笑って初めて自分が何を言ったのかに気が付いた。

年端もいかぬ子供でもあるまいし、死んだ虫の墓を作るなどと幼いことを言うなんて

まったくどうかしている。だが慌てる津田が言葉を継ぐ前に草加は笑って「そうだな」と返した。





「そうだな。供養でもしてやるか」





どこまで本気なのかそう言うと、やおら木の下の土を堀り始める。乾いた土は思ったよりも固く、

ようやく浅いくぼみを掘ると翅(はね)を横たえ丸い石を墓標に添えた。小さな虫の死が彼の真っ白い

手袋を汚していた。




「ゆくのは夏ばかりだな」前を向いたままぽつりとつぶやく。





辺りでは思い出したように蝉時雨が少しずつ戻り始めていた。





08/8/25
We laid flowers on the grave.

一斉に鳴き止む蝉の声。
瞬間に訪れる静寂。
夏の気怠い空気感。
儚く消えていくものを美しいと感じるその情緒。
まるで詩や俳句のような余韻を見せる見事な一作*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

デイタさんの描く津田っちは子供っぽくてすごくピュア。
津田に振り回されているのは案外草加なのかなと思ってみたり。

ありがとうありがとうデイタさん!
あ、最後の英文は私が勝手に付けましたよっと。