※兵学校
制服の釦の糸がほどけて落下した。金属の当たる微かな音が廊下に響いた。
草加は釦が取れてしまった事にすぐに気が付いたので屈んで釦を拾い上げた。指先に金の色が光る。
取れてしまったのは一つ目の釦だったので襟元が少し開いて草加の白い首筋を覗かせていた。
草加は弱った表情を浮かべた。
この兵学校は身なりに関しての規則は厳しい。常に乱れなく正しい格好であるようにと至る所に鏡が置いてある程だ。
そんな中、釦が取れて襟元が開いただらしのない格好で歩いているのが先生見つかれば口うるさく言われるだろう。
捕まってとやかく言われるのだけは御免だ。
釦を見つめて悩んでいる草加に津田は裁縫道具を持っていると話しかけた。
すぐに釦をつけてくれると言うので草加は有り難く頼むことにした。
廊下の右を折れると図書室があり、隣には書庫がある。ここなら人の出入りが少ないので人目に触れる事はないだろうと二人は思った。
扉に手をかけると鍵はかかっていなかった。入ってみると昼間にしては薄暗く狭い部屋だった。
小さな窓が一つあり、そこから陽の光が射していた。光のある所だけ舞い上がっている埃の粒が光って見える。
その明るい窓際に二人は腰を下ろした。床は陽の光を受けていので暖かかった。
津田がポケットから取り出したのは小さなブリキの四角い缶だった。
中には白綿に刺さった針が二本と、厚紙に何重かに巻いた白と黒の糸が入っている。
裁縫道具と名を打つにはしては非常に簡素なものだったが、釦をつける用途だけなら十分事足りる。
「そんな物をいつも持ち歩いているのか?」
「はい、母が常に持っておけと」
その言葉に関心しつつ、草加は上着を脱いで外れてしまった釦と共に津田に手渡した。
津田は糸先に唾をつけてから針穴に糸を通した。玉止めを作り、そっと生地の裏から突き刺して釦穴へと針を入れる。
小さな針が白い糸を引き連れて、布に潜っては再び浮上する。
銀色の先端が顔を覗かせて、小さな穴を通り過ぎてはまた隠れる。
そんな事が何度か繰り返される内に廊下に転がった筈の金の釦は元の位置に固定され元通りになった。
「出来ました」
津田は鋏を持っていなかったので余った邪魔な糸を指に力を入れて切った。
作業が早く、奇麗な仕上がりだった。
草加は津田の縫いつけた釦をまじまじと見つめて、冗談混じりに「貴様は良い奥さんになれるな」と言った。
津田は顔をほころばせた。
「また貴方はおかしな事を言う」
草加はすぐに制服に袖を通し上から順に釦を留めていく。
全て留め終えると津田に照れくさそうに笑顔を向けた。
「ありがとう」
aoto.
06/11/11
String of happiness

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